05 4月

三次元

等分にものごとを見るというのは、きっと三次元の世界にだけ足場を置いていても無理な話で、五次元や浄土に軸を置いて、はじめて開けてくる視野なのかもしれない。

なんでも分別してしか考えられない三次元の世界の外に出た、五次元からの視点を持つことができたときに、人はどんなことにも意味を見出す、等分の視点が持てるのではないかと思う。

そうした、生死解脱・怨親平等の等分のものの見方を見につけていくことが、念仏成仏ということであり、この娑婆での人生は、そのための日々のお育てであり道場ということなのかもしれない。

なかなか、そうしたものの見方が身につかず、すぐに死に憧れたり生をめんどくさく思ったり、憎たらしい人に死ねと思ったり、愛しい人にはいつまでも執着したりを繰り返しているけれど、本当は等分の方向にこの生が向かっているんだという、そのことは忘れずに、この人生を送っていきたいなと改めて思った。
本当に深く物事をとらえてすばらしいですね。

まじめな方だなあと改めて思います。
人間は煩悩で出来上がっていますから、執着も憎悪も死ぬまでとどまらず消えず絶えることもない存在です。

だからこそ阿弥陀仏は廻向を首として南無阿弥陀仏の大功徳を成就なされ、それを実際に私たちに与えてこの世も未来も救ってくださいます。

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