28 9月

更生しようがしまいが

殺人事件は、遺族とか無関係の赤の他人とか死刑廃止論者とか少年法バンザイとか、法曹界とか、色々な人が意見を言うわけだけど、一番肝心の殺された当人の意見は常に無視だよね。当然ちゃ当然なんだけど。

よく死刑廃止論者に「あなたの大事な人が殺されても同じ事を言えるのか」と問う声が聞こえるけど、私はむしろ「自分が殺されても同じ事言えるのか」と問いたい。どっちかってーと。
もうひとつ。
これは絶対無理なんだけど、
「自分を殺した犯人に更生して欲しいか否か」
と殺された本人に聞いてみたい。
更生しようがしまいが自分はけして生き返れない。加害者が本心から更生し、後世に名を残すほどの聖人か救世主になったとしても、自分はその聖人の経験値にされただけ―――そう思ったら腹立ってしょうがない。もしその事実を受け入れられる器があるなら、本当の聖人は経験値にされたその人だと思うわけですが―――。しかし(本物の)聖人なんて人類史上始まってもそう何人もいないわけでさ。
とりあえず私は自分を殺した犯人はこの世に於いては極刑、あの世に置いては無間地獄に堕ち、とうとう赦されて娑婆への転生が叶ったとしても、私の前ではへりくだって靴を舐めろカスというのが本音。